「うつ病って、心の弱さなのか?」
そんなふうに思ったり、そうじゃないよなと思えたり。なかなか明確な答えを出せないまま日々は過ぎ。
でも、もし「ウイルス由来の遺伝子が関係している」としたら…。 少し世界が変わって見える気がします。
今回は、近年注目されている「SITH-1(シスワン)」という遺伝子と、うつ病との関係についてお話ししたいと思います。
難しいことは抜きにして、誰かの気持ちが少しでも軽くなれたら良いなと思い書きました。

画像出展:UnsplashのBermix Studioが撮影した写真
!記事内に広告が含まれています
「SITH-1(シスワン)」ってなに?
聞き慣れない言葉ですよね。SITH-1とは、**ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)**というウイルスの中に存在する“遺伝子”のこと。
実はこのウイルス、誰もが一度は感染している可能性が高い、ごくありふれた存在なんです。
通常は体の中でおとなしくしていますが、強いストレスなどが加わると活性化し、脳に影響を及ぼすことがある――
そんなメカニズムに注目した研究者たちが、ある発見をしました。
それが「SITH-1という遺伝子に対する抗体が、うつ病患者の8割から検出された」という事実です。

ヒトヘルペスウイルス6の電子顕微鏡写真
画像出典:Wikipediaより

**論文の要点をまとめた解説資料(セカンダリー資料)**
画像出典:学校法人慈恵大学ホームページより
※画像の著作権は特段の記載がないかぎり、学校法人慈恵大学に帰属します。
「抗体=うつ病」なのか?という大きな疑問
このニュース、私も最初に聞いたときは「えっ、じゃあこの抗体があるから、うつ病ってこと?」と驚きました。
でも少し冷静になって考えてみると、「じゃあ、残りの2割は? 抗体がない人はうつ病じゃないってことなのかな?」という疑問が浮かびます。
ここで大切なのは、「この抗体がうつ病のすべてを説明するわけではない」ということです。
むしろ、これは“ひとつの可能性”にすぎません。
うつ病の正体は、ひとつじゃない。
うつ病には、これといった単一の原因がありません。
たとえば…
- 遺伝的な体質
- 脳内の神経伝達物質(セロトニンやドーパミン)の乱れ
- 幼少期の体験や人間関係への恐れ
- 仕事や家庭での慢性的なストレス
- 季節の変化やホルモンバランスの崩れ
こういったさまざまな要因が、複雑に絡み合って発症すると言われています。
だからこそ、SITH-1抗体が見つからなかった2割の人たちも、別の経路でうつ病を発症している可能性があるんです。

画像出展:Unsplashより
「見えない敵」と闘っている人へ
SITH-1抗体の話を聞いて、「自分は抗体がないなら心の甘え(仮病)なのでは?」なんて思ってしまう人がいたとしたら、それはとても悲しいことです。
うつ病は、血液検査で完全に見える病気ではありません。
痛みの感じ方も、人によって違います。
ある人は涙が止まらなくなり、ある人はまったく感情が動かなくなる。ある人は食べられなくなり、ある人は過食に走る。
誰かとまったく同じ“うつ”なんて、存在しないんです。
だからこそ、「SITH-1抗体がない=うつ病ではない」と短絡的に考えるのは、とても危ういことだと私は思います。
科学は前に進んでいる。それでも「人の心」は複雑だ。
医学の世界は、少しずつだけど前に進んでいます。
SITH-1のような発見は、今後のうつ病治療にとって新しい光になるかもしれません。
将来的には、血液検査で予兆がわかるようになるかもしれない。そうなったら、もっと早く、もっと穏やかにケアできるようになるかもしれません。
でも、どれだけ科学が進んでも、「心」はデータで測れません。
苦しいときに誰かの言葉で救われたり、
涙が止まらない夜に音楽や本に支えられたり、
理由は説明できないけれど「生きててよかった」と感じる瞬間があったり。
そういうことの積み重ねが、きっと人を少しずつ癒やしてくれるのだと思います。

画像出展:UnsplashのColton Sturgeonが撮影した写真
最後に:あなたの苦しみは「確かに、そこにある」
もしあなた自身が、今まさに心が苦しい状況にあるとしたら――
SITH-1の話は、ひとつの「知識」として受け止めてください。
それが、あなたの苦しみを否定するものではないことを、どうか忘れないでください。
逆に、周りにうつ病の方がいる方にとっても、「この人はただの怠けではない。見えない戦いをしているんだ」と思える、そんなきっかけになれば幸いです。
SITH-1が証明したのは、うつ病に**“目に見える形”があるかもしれない**という希望であり、
同時に、「見えなくても確かに存在している苦しみを、どう理解するか」という問いかけでもあるのです。
📘今日の小さなまとめ
- SITH-1とは、HHV-6ウイルスに由来する遺伝子
- うつ病患者の約8割にSITH-1抗体が見つかったという研究がある
- ただし、それだけでうつ病を判定できるわけではない
- うつ病は非常に多因子的で、症状や背景も人によって大きく異なる
- 科学が進んでも、人の心には寄り添う“まなざし”が必要
📚関連書籍のご紹介
この記事で紹介した「SITH-1」に関する研究に深く関わっておられる、近藤一博 先生(ウイルス学教授)監修の書籍があります。
『うつ病は心の弱さが原因ではない』
監修・原作:近藤一博
漫画・原作:にしかわたく
(河出書房新社)
この本は、「うつ病の背景にある“見えない原因”」を、やさしく、そして感情に寄り添うタッチで伝えてくれる一冊です。
SITH-1の研究を含め、脳やウイルス、ストレスとの関係について、医学的な視点と人間的なまなざしが両立しています。
読みやすい漫画形式で描かれており、
・うつ病を経験している方
・身近な人が悩んでいる方
・「心の健康」に関心があるすべての人に
ぜひ手に取っていただきたい内容です。
